50歳でFIREを目指すアラフォーパパ

今は資産2億でセミリタイア中

思い出貯金、してますか?

最近服を買わなくなったなあ。


アラフォーになって、


なんというか、


自分がおじさんであるという自覚が出てきたというか、


モテそうな服、カッコいい服、


というのに、興味がなくなってきた。




きっと実際に老けて、若者の服が似合わない風貌体型になってきたというのもあるだろう。


子供ができて、実用的かどうかを迫られるシチュエーションが増えてきたこともあるだろう。




服なんてモテるためのかっこいい服かどうかという基準しかなかった自分が、


防寒やコスパ、機能性重視になってきてることを最近ふと感じた。




時が経つのは早いぜ。


まだまだ精神的にも未熟だし、


まだまだ若いつもりでいたし、


なんなら青春時代を引きずって生きてるんだもの。



でも気づけば40。


きっと気づけば50。60。




だから私は貧乏セミリタイアは賛同できない。


人生とは、今を生きることの連続だと思うし、


人生の価値は明日より今日、今日より昨日だと思うから。


若い時の時間って本当に大切だと思う。


今を犠牲にして、来るかどうか分からない遠い未来のために、


自分の時間とお金を使わない生活は、


きっと死ぬ時後悔すると思う。



若い時に、なんの体験経験もせず、


ただひたすら老後の生活苦に怯え、


ひたすら貯金と節約に時間を費やし、



老後になった時には、


気力体力は衰え、


友達も病死し、


若い女の子には相手もされず、


何のために若い時の時間とお金を犠牲にしてきたんだろうときっと後悔する。





この年になって、服を買わなくなってきたというのも、


きっとそういうことなんだろう。


モテたいとか、モテるとか、そんな機会なんかなくなるし、


そんな安っぽい価値観は失われるし、


そんなことどうでも良くなるし、


服だけじゃなく、色んなことへの興味や気力、その動機付けがなくなっていくのだ。





だから若い時は金なくてもいい。


とにかく遊び、体験し、金を使うべきだ。




その経験が


老後の思い出貯金になるのだから。




学生時代の友達と会った時に、


会話に華を咲かすのは、


馬鹿やったり、無茶やったり、恋愛したり、部活に精を出したり、


友達と喧嘩したり、文化祭や体育祭での思い出、修学旅行で女風呂覗こうとして先生に怒られたとか、


バイトして、もちろん学業で切磋琢磨したのもその一つ。


そんな青春時代の一つ一つの思い出経験体験が、


後々人生の財産になり、経験になり、人としての器になる。




「学生時代、お前何やってた?」


「お金使いたくなかった」


「ゲーセンとか、、、」


「お金がもったいない」


「カラオケとか」


「お金がもったいない」


「ライブとか」


「お金がもったいない」


「デートとか」


「お金がもったいない」


「テニス部とか」


「お金がもったいない」


「予備校とか」


「お金がもったいない」


「今のお前に何が残ってるの?」


「お金。お前は?」


「思い出。お金なんて、学生時代の思い出に必要か?

 俺はこの思い出があるからこその人生だけどなあ」





学生時代だけじゃなく、


人生ってこの連続だと思う。



初体験の思い出。


就活の思い出。


社会人の思い出。


嫁との馴れ初めの思い出。


結婚式の思い出。


出産の思い出。


子育ての思い出。




この思い出の連続こそが人生である。


全てすっ飛ばした先のお金の貯金に、


人生なんの意味がある。


若い時の思い出を犠牲にするというならば、


それすなわち、自死と同じことだと思っている。





「その人生に、なんの意味があるの、って。」





老後お金がなくても、年金や生活保護などのサポートはあるが、


思い出はサポートないからね。


全て若い時の自分の経験体験からしか取り崩しできないんだから。


老後お金はあるけど、思い出貧乏になったら、不幸だよ?

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